大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1723号 判決

一、控訴人が昭和一六年三月二四日被控訴会社に雇われ、その許諾を得て、同会社所有の川崎市北加瀬六二二番地所在、木造スレート葺平家建社宅建坪一八坪七合五勺(以下本件社宅という。)に居住してこれを使用していること、控訴人が昭和二四年三月被控訴会社を退職したことは、当事者間に争がない。

二、本件記録によると、控訴人は、昭和二十九年五月八日の原審口頭弁論において、訴状に記載せられた請求の原因の第三項は認めると述べ、右第三項には「被告は昭和二四年三月三一日原告会社を退職したので、当然本件社宅を明け渡すべき筋合であつた」との記載がある。右は控訴人本人が自ら法廷に出頭して述べたところで、控訴人が訴訟に慣れていたと考えられる状況もないことと其後の控訴人の弁論の趣旨から推察すると、右の控訴人の陳述は、控訴人が昭和二四年三月三一日に被控訴会社を退職した事実を自白したに止り、その退職によつて本件社宅の使用関係が法律上終了したとの法律的見解までを述べたものとは認められない。蓋し社宅使用の法律関係が退職なる事実によつて如何なる影響を受けるかは、法律問題であつて、控訴人の認否によつて決せられる問題ではないからである。従つて控訴人の右の陳述を以て社宅使用関係が退職によつて終了したとの法律問題まで当事者間で決定したものと主張する被控訴人の見解は採用できない。被控訴人が自白の撤回を云々するのは理由がない。

三、被控訴会社は、「控訴人は、被控訴会社を退職したので、本件社宅の使用関係は消滅し、当然これを明け渡すべき義務がある」旨主張するので、本件社宅の使用関係について、考えてみる。原審及び当審証人久保田八雄の証言によりその成立を認める甲第一号証(被控訴会社社宅貸与規定)、同証言の一部並びに当審における証人石井けい子の証言及び控訴本人の供述によると、控訴人は、被控訴会社に入社後の昭和一六年五月頃から、本件社宅を、電気・水道料を含めた家賃として一ケ月二五円を支払う約束で借り受け、これに居住するにいたつたことが認められる。(原審及び当審証人久保田八雄の証言中右認定に反する部分は信用することができない。)被控訴会社は、「この家賃は本件社宅使用の対価でない」と主張するのであるが、当審証人石井けい子の証言によれば右家賃は、電気・水道料を含んでも、当時の家賃に比べて高価であつたことが認められるし、その高価のために控訴人は一時入居をためらつたことは当審における控訴本人の供述で窺える程であるから、右の一カ月二十五円は本件社宅を使用する対価を含むものと認めるのが相当である。従つて本件社宅の使用関係は法律的には賃貸借であるといわなければならない。もつとも、前掲甲第一号証、原審及び当審証人久保田八雄の証言並びに当審証人村松覚平の証言によると、本件社宅の賃貸借については、控訴人が従業員たる資格を喪失するときは、直ちに本件社宅を明け渡す旨の特約があるものと認められるが、(右認定に反する当審における控訴本人の供述は信用することができない。)本件社宅の使用関係が賃貸借である以上、これには当然借家法の適用があるものというべく、賃貸借の目的が社宅であるからといつて、借家法の適用を排除すべき理由はない。そうすると、右の特約は、借家法第一条の二及び第三条の規定に反し、賃借人に不利であることが明らかであるから、同法第六条の規定によつて、これをなさないものとみなされる。従つて、この特約が有効に存在することを前提として、控訴人に、退職と同時に本件社宅を明け渡すべき義務があるものとすることはできない。

他に、被控訴会社が主張するように、控訴人の退職によつて本件社宅の使用関係が消滅したものと認めるべき根拠もないのであるから、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

四、被控訴会社が控訴人に対し、昭和二八年二月二五日到達の内容証明郵便で、本件社宅の賃貸借の解約を申入れたことは、当事者間に争がない。

よつて、右解約の申入をするについて、正当な事由があるか否かを考えてみるのに、原審及び当審証人久保田八雄並びに当審証人村松覚平の証言によると、被控訴会社には四棟六八室の寮(独身用)と約五〇戸の社宅(家族用)があるが、なお被控訴会社の従業員で社宅の使用希望者(現に寮に居住しながら、社宅の使用を希望している者を含む)が約一五〇名、寮の入居希望者が約五〇名に及んでいること、これらの従業員のうちには、もと被控訴会社の東京浅草工場に勤務していたが、同工場の閉鎖により、川崎工場に職場替えとなつたため、遠方から通勤するようになつた者(なかには、川崎工場まで通勤に五時間を要する者もある。)があり、又社宅不足のため、独身用の寮の四畳半一室に数人の家族と共に居住している者もあること、これら従業員の住宅事情が被控訴会社の労務管理に支障をきたし、企業の能率増進を阻害していることが認められる。他方、当審における証人石井けい子及び同久保田八雄の証言並びに控訴本人の供述によると、控訴人は現在数人の家族をかかえながら、失業中であり、妻けい子が駐留軍に勤務して得る収入でようやく生活をささえている状態であつて、他に移転先を求めて本件社宅を明け渡すことは困難であること、控訴人は訴外高橋との間に、被控訴会社が高橋から借り受けている家屋を明け渡すならば、控訴人がこれを借り受ける約束ができているのに、被控訴会社が明け渡さないことが認められるのであるが、当審証人久保田八雄の証言によると、被控訴会社が高橋から借り受けている家屋は、社宅として従業員に使用させており、社宅不足の現状では、とうていこれを明け渡すことができないことが窺えるのであつて、控訴人のこのような生活状態や移転先問題を考慮してみても、なお被控訴会社における従業員の住宅事情、これが同会社の労務管理、企業能率に及ぼす影響等からいつて(控訴人が被控訴会社を退職してから数年を経過していることを考え合せると、なおさら)、解約の正当事由について当事者双方が主張するその他の点について判断するまでもなく、被控訴会社には本件社宅の明渡を求める正当な事由があるものといわざるを得ない。

してみると、本件社宅の賃貸借は、右解約の申入の日から六ケ月を経過した昭和二八年八月二五日限り終了したものといわなければならない。

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